記憶回路

犬猫飼い、漁港好き、旅好き、東京在住の写真屋MASAYAのブログ

悩ましき肉じゃが

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以前は都市伝説かの様に男のハートは肉じゃがで仕留めろ的な事が囁かれていたが、あれは一体どこに言ったんだろう。

 

あれはCMによって作り出された幻想なのかな、あれで随分と男は肉じゃがが大好きだと勘違いされたはずだ。

 

思うに、肉じゃがとは家庭料理の中でも最上級に「いつもの味」が求められる料理だ、シンプルが故に調味料の種類や入れる順番を少し変えただけでも味が変わる、だからそのいつもの味を超えるなどと言うのは簡単にはいかない、単純に味が優れているかどうかではないのだ。

 

その証拠に定食屋さんでも扱いづらい肉じゃががメインディッシュになってるケースは、個人経営のお店でもない限りはあまり多くはないはず。ほとんどが副菜か、おまけ程度に定食の1品になっている。

 

だから、新しく生まれた家庭では、時間をかけて慣れて一番の味になる事はあっても、いきなり一番なんてありえない。ただ作り手の全体的な味付けの濃さや仕事の丁寧さは測れる、それを理解している人なら指標にはなるだろう。

 

で、ここまでダラダラと余談を話していて最大のテーマはまだ出ていない。そうだ、成り立ちが親戚である家庭カレーと同様、何肉を使うかがテーマなのだ。

 

それぞれの肉にそれぞれの良さがある、そしてその出汁でまったく個性も変わる…悩ましいところだ。

そういえば昨日16万キロ超えたんだ

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2010年5月にホンダインサイトが納車されて8年半、年間2万キロを割ってる事を考えると以前に比べると乗らなくなったなぁと言う印象。


高価なハイブリッドバッテリーも購入時の心配をよそに無交換でここまて頑張ってくれてる。去年くらいからかな?減りの速さが顕著にはなってるけど、それでもチャージは直ぐしてくれる、まあおかげで燃費は落ちてるけど(笑) 


ハイブリッドカーが一般的になる初期の頃の車で走行部品は丁寧に作られているのか、それともたまたまなのか、とにかく故障は少ない印象で、実際のところエアコンの小さな部品が一度壊れて交換しただけ。もしかしたら、エンジンの熱量が少なめだから補記類の持ちもいいのかもしれない。


お金がとにかくかかったのはタイヤ代、と言っても車のせいではなくて自分の運の悪さが理由、とにかくよくパンクした…ここ一年はしてないが、ひどい時は3ヶ月連続でした記憶がある。で、この車って緊急タイヤの載っていないタイプだからもうどうにもならないんですよね。一時期は同サイズのホイールセットを買って載せとこうと思ったくらい。


とまぁそれでもあまりお金のかからない良い脚だったこの車、まだ乗れる気がするけれどもう次の車検は通さない、大丈夫だろ?と高を括ってお金をかけると壊れるってのは良くあるパターンなんで(笑) 


で、次の車…注文してあるけど本当に間に合うのかなぁ、計算すると早まらない限り予定は4月なんですよね。そして今度は背中にタイヤを背負った車だけにパンクも安心です(笑)

最後に踏んだ地面

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現代で考える自殺というものとはまた違う意味で「死」へ自ら向かわねばいけない状況と言うのは、筆舌に尽くしがたいものがある。


だからもちろんボクにはわからない。 


ただわかるのは、必死の兵器である回天に乗り込み、帰還は無いと言う出撃において、その多くの兵士達が最後に踏んだであろう地面がここであると言う事。

 

どんな想い、どんな願いがこの地面には染み込んでいるんだろう。

いつか還る

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斜面を利用した集落では見かけることの多い景色。

 

お年を召された住人の方がお子さんの住まわれる都会に出たり、集落の下の方に越したりすることで、きつく急な坂を登った場所にある家は放置されてこうして崩れて行くそうです。そんな中で水回りはやはり耐久性が高い様でぽつんと残っている状況もたまに見かけます。

 

そして、これは寂しいことなのかな?と自分は最近思う様になりました。

 

この世に存在するほとんどの物はいつかかならず朽ちて還るはず、だからもしかしたら観点を変えれば「やっと還れた」になるのかもしれませんよね。そして完全に還り元の形が消滅した時、また新しいカタチへの一歩が始まるのかもしれません。

 

さらにそこに残るヒトを主体とした思い出や記録は受け継がれます、それもまた長い年月を経ていつかはこの世界のどこかに放散して還っていきますが、インターネットサーバーが普及してこうして文字に起こす事によって、もしかしたらそのサイクルはさらに長いものになっているかもしれません。だからきっと、物質としての形状は失ってもその記憶は長いあいだ受け継がれるのはずです。

 

まぁボクの言葉はボクが生きてる間だけ、ボクに興味を持った人だけが知ってくれればいいかな、そして撮った写真たちは誰が撮ったかなんてわからなくていいから、何かしら誰かしらの心にとまる物として1枚でも残ってくれればいいかな、と思ってます。

大津島/回天訓練基地/九三式酸素魚雷発射口

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人間魚雷と呼ばれた回天の歴史を肌で感じたい。
 
そう思って、当時の訓練基地といくつかの遺構の残る、山口県の徳山の沖にある大津島(おおづしま)へと行って来た。
 
羽田から岩国空港行の始発便にのり、タクシー、電車、船と乗り継ぎ昼前には到着、そこは基地があったとは思え無いほどに静かで美しい島だった。
 
本来は旅行記的に書いた方が判りやすいのかもしれないが、実はそういうBlog記事はいくつか存在する、だから自分は直感的で断片的に強く感じた事を書いて見たいと思う。
 
大津島の本土側ではない西側にぽつんと存在する回天訓練基地、渡船の船着場からトンネルを抜けるとそこに存在する。
 
この基地は当初は九三式酸素魚雷の発射試験場として建造されたが、戦況が変化し戦い方が変わって行く中で魚雷の命中率が下がり、より確実に当てる方法として黒木博司中尉によって考え出されたのが、その九三式酸素魚雷を改造して人を乗せて特攻させる兵器「回天」だ。
 
そしてこの写真の発射口は、回天一型を発射するのには使用されてはおらず、魚雷試験場の名残でしかない。
 
それでもなお、その向こうにまるで窓の様に見える蒼色の海と、枯れて崩れ消えるのを待つコンクリートとのコントラストは、何か戦争というものを物語って居る様に感じた。
 
ただ、直接的な戦闘はこの場所では行われておらず生々しさはあまりない、だから逆に不思議な空気感を醸し出して居るのかもしれない。
 

都会のねこ

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消えゆく都会の隙間、消えゆく隙間の住人たち。

その環境からその種の動物が消えるという事は、かろうじて均衡を保っていたバランスが崩れるということ。

その選択は本当に正しいの?

ボクにはわからないよ。

肉食な日々

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先週、新幹線に乗る前に丸の内のグランスタで購入した駅弁「ブラックアンガスビーフ重」が1000円ちょっととは思えないほど美味しくボリュームもあってお得な感じだったので、昨夜は同じ店で「イベリコ豚飯&山形育ちハンバーグ」を帰りに買って夕食で食べてみた。なぜならそんなボリュームは流石に朝飯では無理だから(笑) 

 

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本当なら温かい時に食べたいが、流石駅弁だけあって冷めていてもちゃんと美味しく食べられる様に作られている。このイーションと言うお店はデパ地下などにお惣菜店を出す系列店らしい、だからその場で食べない料理を作るのが上手なんだろう。

 

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肝心の味はと言うと…美味しい。このボリュームで2品がメインの弁当で1600円弱ならお買い得と思う。

 

肉まみれで野菜なんて気持ちしか入ってないが、逆にそれも楽しいし、箸休めが紅生姜なのもなんとも嬉しい。がっつり食べたい時におススメだし、周りに総菜店もあるので弁当は二人なら一つ購入、あとは色々楽しむというのもアリかも^ ^